【長編】Project:1101(仮題)

Project:1101

怯える人々、
現れないヒーロー、
一人の少年が立ちあがる──


ニューヨークの宵闇に動く影──超人的な身体能力を持ったスーパーヒーロー。

人々は彼を手放しで賞賛した。彼が「ある男」を殺すまでは……

 

以下、新聞記事より抜粋。

 

【我々のイーヴァイルは死んだのか?】

ニューヨーク・ヘラルド紙 朝刊 25th August 2019

 

一年前の今日、我らが友人『イーヴァイル』は忽然と姿を消した。今やその名を口にすることすら憚られる、社会の敵《パブリック・エネミー》スレイヤーと死闘を繰り広げた後、彼はニューヨークの闇へ行方をくらませた。

折しも、イーヴァイルは元アメリカ陸軍 軍曹アイザック・リチャードソンを殺害した容疑で、世間から厳しい目を向けられていた。本紙を除く全米の新聞が、正義の仮面を被った悪魔だ、と彼を糾弾したのは読者諸賢のよく知るところである。

超人的な身体能力で悪人を次々となぎ倒す──決して殺してはいない──イーヴァイルは、今や我が国の世界的な輸出商品となった「ヒーロコミック」から抜け出してきたような印象を、我々に与えたものだった。

羨望の的となる偶像の常として、彼もまた、大衆の期待に応え続けることはできなかった。等身大《リアル》のヒーローとして、ニューヨーク市民から期待と喝采を押しつけられてきたイーヴァイルは、いつしか悪人と呼ばれ始めた。市井の人々は言う。

 

「あいつは高慢ちきなホラ吹き野郎さ。さも善人ぶっていながら、そのじつ国に仕えた軍人を殺しやがったんだからな」(ハーレム地区在住 64歳男性 自営業)

「警察すら野放しの『スレイヤー』に、たった一人で立ち向かった点は評価に値すると思うね。でもさ、気にならないか? どうして、ドクロなんて禍々しいマスクを付けてるんだってね。だってそうだろう? あんな格好してちゃ、悪人なんだかヒーローなんだか分からないじゃないか」(アッパーイーストサイド在住 23歳男性 学生)

「『イーヴァイル』をどう思うかですって? そんなことはどうでもいいけど、早くあのいかれた野郎を何とかしてちょうだい。警察は何してるのかしら? CIAは国中の通信を監視しているんでしょう? やつの居所なんて、すぐに分かるはずだわ。こんなご時世じゃ、おちおち五番街にショッピングすら行けないじゃない」(ブロンクス地区在住 38歳女性 主婦)

 

そして、昨日の午後5時頃、『スレイヤー』はニューヨーク市民に対し声明を発表した。以下、その原文を引用する。

 

今日から一ヶ月後の来《きた》る9月24日までに、ニューヨークに居を構える市民に退去することを命じる。これは嘆願ではない。諸君らに選択の余地はない。命令を無視すればドーソン君と同じ轍を踏むことになる。諸君らの賢慮を期待する。

 

声明で言及されている「ドーソン君」とは、おそらく先日『スレイヤー』によって殺害された急進派の市議会議員オスカー・ドーソン氏のことだと思われる。突然の声明に、ニューヨークでは不穏な空気が漂っている。『モルガンスタンレー』本社は通常業務を停止して、今後の対策について協議するようだ。また、全米に店舗を展開している『アービーズ』は、早くもニューヨークから撤退する意向を表明した。ABC放送が行った世論調査では、『イーヴァイル』を支持すると答えた人の数が前回よりも10ポイント上昇した。

『イーヴァイル』の行方に関しては、様々な憶測が飛び交っている。『スレイヤー』に殺されたと主張する人もいれば、世間の非難に耐えかねて逃げ出したと言う人もいる。迷信深い人々は、あれは人間の形をした異星人だと言う。陰謀論者たちの間では、あれはアメリカ軍の実験だったという説で一致しているようだ。

いずれにせよ、今こそ彼の力が必要なのだ。イーヴァイルよ、もしもまだ、あんたの心に正義の炎が消えずにくすぶっているのなら、我々に力を貸してほしい。公的権力が当てにならない以上、我々に残された希望の曙光は、あんただけなのだから。

社会部デスク テレンス・ニューマン


 

【イーヴァイルは悪魔か? ヒーローか?】

デイリー・タイムズ紙 夕刊 11th September 2018

 

NYPD《ニューヨーク市警》が、昨日公表した動画が議論を呼んでいる。

数年前からニューヨークの治安を守ってきた、市民のヒーロー『イーヴァイル』が、元アメリカ陸軍 軍曹 アイザック・リチャードソン氏を殺害した容疑が浮上しているからだ。

市警が公開した動画は、ウエスト137番通り付近に設置された監視カメラで撮影されたものだ。ややノイズがかかった動画には、『イーヴァイル』とおぼしき人物が日本刀のようなものでリチャードソン氏を斬りつける様子が映っている。

市警の発表によると、歩行データを解析した結果、『イーヴァイル』である可能性が極めて高いという。ドクロをかたどったマスクに、黒光りした額当て、黒いフードを被った姿は、動画を確認したところ『イーヴァイル』の外見と一致している。

しかしなぜ、『イーヴァイル』は”殺人を犯す”という自らのルールを、今になって破ったのだろうか。出現してこのかた、『イーヴァイル』は今や彼のシンボルとなった「日本刀」で多くの悪人たちを峰打ち( 註: 日本刀の刃とは反対の「峰」と呼ばれる部分で打撲すること)してきたが、未だかつて一人も斬ってはいなかった。

少なくとも昨晩までは。

日本刀に詳しいハーバード大学 ダニエル・ソダーバーグ教授によると、日本刀を使って峰打ちを行うためには、相当の技術が要求されるという。素人が峰の部分で人を打ち付ければ、日本刀は容易に折れてしまうのだそうだ。

ともすれば、敢えて難易度の高い峰打ちを使い続けてきた『イーヴァイル』が、今になって刃で斬りつけたのはなぜなのか? 殺害されたリチャードソン元軍曹は、2007年と2009年の二度にわたってアフガニスタンに赴任しており、愛国心と家族愛に満ちた模範的な軍人だったと、同じ部隊に所属していた軍人は語る。

全米で刑務所破りを繰り返す『スレイヤー』の勢いに対して、暖簾に腕押しのNYPDを見限ったニューヨーク市民は、『イーヴァイル』に一縷の希望を見いだしていた。目下、その希望が潰えようとしている。

果たして、『イーヴァイル』は我々を救う正義のヒーローなのか? それとも、禍々しい容姿にふさわしく、殺生を好む悪魔なのだろうか? 多くのニューヨーカーが、その真偽を見極めようと目をこらしている。

社会部デスク ナオミ・リンクウッド

 

あらすじ

 

アメリカ陸軍 元軍曹 アイザック・リチャードソンが殺害された。ハーレム地区の監視カメラは、ヒーローが元軍曹を斬り殺す場面を鮮明に捉えていた。

ヒーローは一夜にして殺人者へと一変した。そして、彼は行方をくらませた。

 

時は流れ、1年が経過した頃、ヤツは姿を表した──ヒーローの方じゃない。ヴィランだ。この世すべての諸悪を、全部混ぜ合わせて出来上がったようなヴィラン。

そいつは僕たちに「マンハッタンから出て行け」と命令した。その期限は明日に迫ってるというのに、「彼」は一向に姿を表さない。

だから、僕は決めたんだ。「彼」を探しに行くことに。

 

なぁ、『イーヴァイル』

あんたはどこに居るんだ?

ヒーローは悪役を倒すんじゃないのか?

どうして逃げたんだ?

 

『スレイヤー』という、れっきとした悪役が跋扈してるのに、あんたはどうして闘わないんだ?

正義のヒーローは悪役を倒す──すべてのヒーローコミックが踏襲してきたこの伝統的な筋書きを、あんたはいとも簡単に破ってみせた。あんたが初めてテレビに映った時、僕は文字通り目を輝かせた。多勢の巨漢を相手に、大立ち回りを演じるわずか数秒の粗い映像に、僕の目は釘付けだった。

教室で指名されないように願いながら、おずおずと手を挙げる僕には逆立ちしたって手に入らないような勇敢さと凶暴さを、あんたは持ってたんだ。

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