About Me

Patrick Silvestre

あいさつに代えて / 私とPatrick Silvestre

ペンネームというのは不思議なものだ。

長年使い続けているうちに、それが自分の名前のように振舞い始める。ボンド俳優がスクリーンの外でも007として振る舞うように。

初めてこの名前を使ったのは、十代も終わりに差しかかった夏だった。ネット上でアニメのレビューを投稿するさい、ハンドルネームを求められ、咄嗟に思いついたのがPatrick Silvestreだった。その出どころは言わず知れた名作『攻殻機動隊 2nd GIG』──物語の鍵となる『個別の11人』を記したのが、架空の評論家パトリック・シルベストル(Patrick Sylvestre)だ。

スペルが間違っているのもお構いなしに、このペンネームを使い始めて6年が経った。いつしか、Patrick Silvestreは私の仮面になった。その思考も、言葉も、振る舞いも、すべて自分から発したものなのに、どこか違った響きがした──この矛盾した感覚が、面白いと思った。

ブルース・ウェインとバットマンが同一人物でありながら異なる存在であるように、私とPatrick Silvestreもまた、それぞれが独立した存在なのだ。

風邪をひいているわけでもないのに、マスクを着けて安心感を得る最近の若者と似ているかもしれない。「Patrick Silvestre」で検索してみても、出てくるのは海外のフェイスブックばかりで、これといった情報は見当たらない。その事実が、このペンネームに対する所有欲をいっそう強めたのかもしれない。

このあたりは、正直言って自分でもよく分からない。気がつけば、私の中で「Patrick Silvestre」という仮面ができあがっていた。

そして、「何かを作りたい」という創作の欲求が爆発したとき、ふと思いついた。

もし、現実にPatrick Silvestreなる人物が存在したとして、彼ならどういう作品をつくるのだろうか、と。

オスカーを受賞した犯罪映画の傑作『ファーゴ』において、コーエン兄弟がとった手法と同じである。「Based on the true story」と示しておきながら、そのじつまったくの虚構だったというアレと同じだった。

つまり、Patrick Silvestreという人物そのものを、一人のキャラクターとして演出するということ。作品の内容はもちろん、そのパッケージに至るまで、すべてをフィクション化するということ。

これが、個人サークルPatrick Silvestreのコンセプトだ。

9th Feb. 2019 / Manhattan, NewYork

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